われらが青春の新選組展

去年秋のオフ会以来、久々の新選組活動。
行って来ました、銀座ギャラリースペースQ!
元新人物往来社・大出俊幸さん主催による、
新人物さんの新選組本表紙&新選組グッズの展示。

感想は、往復3時間余・1160円かけるものでもなかったかな(笑)。
寧ろ、メインは研究家の先生によるトークショー。
今日は菊地明先生「新選組ここだけの話」


内容は、大きく分けて4項目。
先ずは、池田屋に集結した志士の人数
池田屋に最初に突入した新選組は、近藤以下10人。
そのうち、志士が集まる2階に行ったのは近藤・沖田の2人。
彼らは一体、何人の志士と対峙したのだろうか?

新選組1人が志士2人を相手にしたとして、20人。
実際、20人とする記録もあるとかないとか。
が、正確な人数を記録に残せるのは近藤・沖田しかいない。
沖田は何も残していないし、近藤に書簡に人数は記していない。

20人説の根拠は、1階で戦っていた永倉証言らしい。
特に疑うような数ではないが、実際の人数は見た目より少ないもの。
16~17人が、池田屋に集まっていた人数なのだろう、との事。


2つ目は、沖田総司終焉の地を確定。
平五郎が没する直前の地籍図には、敷地内に2つの建物がある。
1つは母屋。もう1つの方こそ、沖田が潜伏していた納屋!

ちなみに、平五郎家は池尻橋の至近。
橋に移転は認められない。
現在言われている跡地に間違いなし。
かくして、沖田総司終焉の地は確定された。


一本木関門跡地も確定。
函館の地理に明るくないと理解に困る話だったが(笑)。
要は国道5号線の若松町・海岸町の境との事。
あ~、函館行きたい!歳三最期の地碑見たい!


裏話的な内容として、不動堂村屯所を巡るエピソード
八木為三郎が、所在地を「ハナショウチョウ」と証言したらしい。
しかし、京都にハナショウチョウという地名は存在しない。
屯所があったのは、花畠町(ハナハタケチョウ)。
ハナショウチョウの漢字表記は、「花昌町」。

花畠町。 花昌町。 よく似ている。

そう。「畠」と「昌」の誤植だったというお話。
ちなみに屯所跡は碑が建てられたホテルではなく、資生堂ビル。


あっと言う間の約40分。
エアコンがなかったものの、暑さを忘れた。
やっぱ面白いわ、新選組。生きてるって感じがする。
大袈裟な話、久々に人生が楽しいと思える1日だった。

菊地先生の『沖田総司伝私記』を買い、サインを戴く。
これまた久々の新選組本購入&サイン会。
いや~、癒された。生き返った。新選組最高!
暫く現代物の小説を読んでいたけど、また新選組を読み漁るぜ!

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