近藤勇没後138年
慶応4年4月25日。
近藤勇、板橋にて処刑さる。
正確には1868年5月17日の出来事ですが、
4月25日の方が通りがいいので今日は勇話を少々。
ちなみに1868年4月25日は、慶応4年4月4日。
そう、近藤さんが流山で投降した日です。
ある意味では、近藤勇の命運が尽きた日とも言えます。
4月25日に近藤さんを偲ぶのも、的外れではないでしょう。
故人を偲ぶのに、日付は関係ないとも思いますしね。
中学の頃、『燃えよ剣』で近藤・土方の別れの場面を
読んだ時、池ちん少年は新選組の終わりを感じました。
そのイメージは今でも強く残っています。
山南さんの切腹。
平助の斬死。
源さんの戦死。
新八&左之助の脱退。
沖田さんの戦線離脱。
残された試衛館メンバーは近藤・土方の2人だけ。
10代の頃から武士になる事を夢見、共に剣技に励んで
新選組を創り上げ、遂に幕臣になって徳川の為に戦い続けた2人。
生涯の友を敵の手に渡した土方さんの心中、察するに余りあります。
局長を失った新選組は、もはや新選組とは思えないのです。
土方さん個人にしても新選組という組織にしても、流山以後は
これまでとは違った役割を旧幕軍の中で果たすようになります。
京都時代とは一味違う魅力が楽しめて、そこに惹かれる人も多い。
でも私の中では近藤さんの喪失感が拭い切れなくて…。
なので、土方さんの所謂 “北征” は詳しくなかったりします。
ボケーっとしてるんですよね、4月以降の数ヶ月間は。
ノンフィクションでその時期を読んでも、戦はよく分からないし(笑)。
フィクションで描かれる事もあまり多くないですしねぇ。
すごく面白い小説やドラマがあれば、ググッと惹き込まれるんですが。
「新選組!!」ではその辺に期待してたんですが、ちょっと残念(笑)。
う~ん、ファン歴10年目だしなぁ。そろそろ戊辰戦争を語りたいよ。
近藤勇様、ご冥福をお祈り致します。
近藤勇、板橋にて処刑さる。
正確には1868年5月17日の出来事ですが、
4月25日の方が通りがいいので今日は勇話を少々。
ちなみに1868年4月25日は、慶応4年4月4日。
そう、近藤さんが流山で投降した日です。
ある意味では、近藤勇の命運が尽きた日とも言えます。
4月25日に近藤さんを偲ぶのも、的外れではないでしょう。
故人を偲ぶのに、日付は関係ないとも思いますしね。
中学の頃、『燃えよ剣』で近藤・土方の別れの場面を
読んだ時、池ちん少年は新選組の終わりを感じました。
そのイメージは今でも強く残っています。
山南さんの切腹。
平助の斬死。
源さんの戦死。
新八&左之助の脱退。
沖田さんの戦線離脱。
残された試衛館メンバーは近藤・土方の2人だけ。
10代の頃から武士になる事を夢見、共に剣技に励んで
新選組を創り上げ、遂に幕臣になって徳川の為に戦い続けた2人。
生涯の友を敵の手に渡した土方さんの心中、察するに余りあります。
局長を失った新選組は、もはや新選組とは思えないのです。
土方さん個人にしても新選組という組織にしても、流山以後は
これまでとは違った役割を旧幕軍の中で果たすようになります。
京都時代とは一味違う魅力が楽しめて、そこに惹かれる人も多い。
でも私の中では近藤さんの喪失感が拭い切れなくて…。
なので、土方さんの所謂 “北征” は詳しくなかったりします。
ボケーっとしてるんですよね、4月以降の数ヶ月間は。
ノンフィクションでその時期を読んでも、戦はよく分からないし(笑)。
フィクションで描かれる事もあまり多くないですしねぇ。
すごく面白い小説やドラマがあれば、ググッと惹き込まれるんですが。
「新選組!!」ではその辺に期待してたんですが、ちょっと残念(笑)。
う~ん、ファン歴10年目だしなぁ。そろそろ戊辰戦争を語りたいよ。
近藤勇様、ご冥福をお祈り致します。
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